実績がないと、発信してはいけないのか

誰かの大きな数字を見ると、自分には語れるものがないと感じることがあります。何かを始めたばかりで、人に教えられるほどの結果もない。それでも書いていいのだろうか。

発信する資格を、実績の大きさだけで決めなくてもいいと思います。ただし、自分が経験したことと、人から聞いたことを混ぜない。この区別は、始めたばかりの人にもできます。

完成した人の話だけが、役に立つわけではない

すでに遠くまで進んだ人の説明は、全体を見渡す助けになります。一方で、最初の画面で迷っている人には、少し前に同じ場所で迷った人の記録が分かりやすいこともあります。

何を調べ、どこで理解が変わったのか。その道筋が見えれば、読む人は自分と重ねられます。大きな結果を持っていなくても、具体的な経験を残す余地はあります。

「分かった」と「試した」を分けて書く

本で読んで納得したことを、そのまま自分が実証したように書くと、説明の足場が曖昧になります。読んだ話ならそう書く。試したなら、どんな条件で試したかを書く。

まだ結果が出ていないなら、途中で何が見えたかを残すこともできます。「この方法なら誰でもできる」まで広げなくても、「ここまでは確認できた」と言える部分には価値があります。

分からないことを書いたら信用されないのでは、と心配になるかもしれません。でも、どこまで分かっているかが見える文章の方が、読み手は使いどころを判断できます。

自分を大きく見せるより、具体的に見せる

「成長しています」とだけ書くより、前は何で止まり、今は何ができるようになったのかを書く。その方が変化の大きさを誇張せずに伝えられます。

特別な肩書きを探す前に、自分が最近繰り返し考えていることを一つ言葉にしてみます。どんな疑問に関心があり、どう確かめようとしているのか。人柄は、その選び方にも表れます。

発信しながら、自分の輪郭を作っていく

何も書かないまま実績だけを待つと、途中で考えたことが残りません。小さな記録を続ければ、後から自分がどこで迷い、何を大事にしていたかが見えてきます。

最初から誰かの先生になる必要はありません。最近一つだけ確かめたことを、まだ知らない人にも分かる言葉で残してみる。そこから始める発信があっていいと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました