本を読み、動画を見て、気になる話を保存する。それなのに、自分の手元には何も増えていない気がする。学ぶことに真面目な人ほど、この感覚に覚えがあるかもしれません。
知識が足りないと考えて次の情報を探す前に、「今回の学びで、何を一つ変えたかったのか」を思い出してみます。
分かることと、使えることの間にあるもの
僕自身、これまで教材を買って学んできました。だからこそ、教材の内容に納得することと、自分の仕事や生活が変わることは、分けて考えるようになりました。中身が役に立つ教材でも、手元で試すところまで自動で進めてくれるわけではありません。
「これを買えば変われる」という期待だけでは、その間が埋まらないのです。
解説を読んで納得したとき、頭の中では一段進んだ感じがします。けれど、具体的な場面へ当てはめると、新しい疑問が出てきます。「対象者を絞る」は分かる。でも、自分の書いた対象者が十分に絞れているかは判断できない。この二つは違う作業です。
ここで別の解説を探すこともできます。ただ、一度だけ自分の言葉を書いてみると、疑問の形が変わります。「対象者が分からない」から「すでに始めている人と、これから始める人を分けた方がよいか」へ変わる。
問いが具体的になれば、次に調べることも小さくなります。
読んだ量とは別に、手を動かした跡を残す
僕の場合は、最初からきれいに書こうとするより、いったん声に出して考えを残す方が材料を出しやすいと感じています。ただ、音声入力には誤変換も、同じ話の繰り返しもあります。
そのまま記事にせず、後から「何に困ったか」「何を試したか」「まだ分からないことは何か」に分けて整理する。記録する作業と、読める形にする作業を分けると、取りかかりやすくなります。
一つの学びにつき、下書き一行、比較メモ一枚、直した見出し一つでも構いません。大きな成果にまとめる前の、小さな跡を残します。後から見返したとき、何を考えていたかが分かるからです。
説明用に、発信の題材で迷っている場面を考えます。候補を十個集めたところで終わらせず、一つを選んだ理由まで書いてみる。「説明例を出せる」「最近、自分も同じ作業をした」「読む人の質問を具体的に想像できる」。
正解かどうかが未確定でも、次に確かめる材料になります。
うまくいかなかった記録も、次の判断を助ける
試したことが期待どおりにならなくても、その時点で学びが無意味になるわけではありません。どの条件で試し、どこで止まったかが残っていれば、同じ疑問へ戻ったときに前の続きから考えられます。
逆に、成功したか失敗したかの二択だけで記録すると、作業の途中で分かったことが消えてしまいます。対象者は書けたが、提供する範囲が広すぎた。記事は書けたが、見出しと答えがずれていた。そこまで分かれば、次に直す場所は一つです。
次に学ぶ前に、今の疑問を一行にする
このブログでは、知識を増やすことと、手元の作業が進むことをつなげて考えます。読むものを減らすこと自体が目的ではありません。必要な場面で、学んだことを取り出せるようにしたいのです。
今、途中になっている作業があれば、「何を作ろうとして、どこで止まったか」を一行だけ書いてみてください。その一行を持って次の情報を読むと、自分に必要な部分が見つけやすくなります。迷ったときの選び方は、判断基準を手元に残す話へ続きます。

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